新天地で苦しんだ広島の渡部琉――つきまとう危機感の中で着実に成長

新天地で苦しんだ広島の渡部琉――つきまとう危機感の中で着実に成長

きっかけとなった同世代の活躍、そこからの刺激

昨シーズン優勝した広島ドラゴンフライズに移籍した渡部琉は強い危機感に押し潰されそうだった。

「ここにいるメンバーはみんな去年優勝してキャリアに箔がついているけど、僕はチャンピオンシップの経験もないし、代表にもまだ入っていないし、仙台(89ERS)でもスターターで活躍していたかと言われたらそうじゃない。自分の中で危機感がかなり大きかった。Bプレミアに移り変わっていく中で、自分がどういう選手で、どういう価値があって、どうチームに影響を及ぼせるかを見せることが大事だと思っている。だけど、自分の価値やコートに出てる意味みたいなのが、自分でもないなと思ってしまう瞬間もあって、俺じゃない選手が出た方がいいかもしれないと思う時期もあった」

広島の背番号21は、もがいていた。仙台から移籍した渡部は新天地で開幕節からスターターに名を連ねたが、思うような活躍ができず、「僕は考え込んでしまう派で、そういうときは消極的なプレーが出て、割と良くない方向にいきがちだった」と苦悩のシーズン序盤戦を過ごしていた。

「自分の中でもやっぱり悔しい時期だった。なかなかシュートタッチもつかめていなかったし、そういうところでコートに出ているメンバーとの差が開いてきているなと感じていて、それをどうにかしようと思っていた」

ただ、そこで押し潰されて終わるわけにはいかない。「じゃあそのときに自分の何が強みなんだろうかと考えながら、危機感を持ってやっていたし、悔しかったので頑張りました」と反骨心が渡部を突き動かした。

そうして奮起したきっかけの一つに、「刺激をもらっているいい関係」という同世代の中村拓人と三谷桂司朗の存在がある。「2人は去年Bリーグ優勝も経験して、拓人は代表も経験している。経歴とかも全部僕より上だと思うので、僕はそれこそアンダードッグのような感じ」。同世代の2人は仲間でありライバル。普段から仲の良い姿を見せているが、負けられない相手でもある。

「僕は勝手にいい影響を受けていると思っている。桂司朗は同じポジションで、拓人とは同い年だけど、僕がたぶん1番キャリアもないし、結果も残せていないので、2人よりは絶対に頑張らないといけない。やっぱり2人に負けていたらこの世界で喰らいついていけないと思っているので、そこは意識している」

加入1年目の今シーズンはEASL(東アジアスーパーリーグ)参戦の影響で連戦や海外遠征が続き、厳しいスケジュールの中で新天地に適応しなければいけなかった。チームでの練習の時間も限られていたが、「シンプルだけど、みんなで集まってやれるときにしっかり集中してやることは意識してできるようになってきた」と切り替えを大事にし、個人でも負けじとシュートを打ち込んできた。

ついにキャリアハイを更新するパフォーマンスを発揮

そして、シーズン終盤戦でついにそのときがきた。バイウィーク明けすぐの3月5日に行われた琉球ゴールデンキングス戦。渡部は「チャンスが来たら絶対にやってやろうと思っていた」と静かに闘志を燃やしていた。

「最初のタッチでシュートが入って、それを見たチームメートがボールをくれるシーンもあったので、そういうのも含めて積極性につながっていったと思う」。第1クォーターの終了間際に自身のファーストシュートを決め切ると、そこから試合の中でいい感覚をつかみ、3ポイント3本を含む当時キャリアハイの17得点と5リバウド2スティールを記録する大活躍。試合は惜しくも1点差で敗れたが、激闘の中で悔しい時期の成果が出た瞬間だった。

「チャンスがあれば打つことを心がけていた。たくさんシュートチャンスがあるわけでもないし、プレータイムも確約されているわけではないので、いつも準備はしてきたつもりでした」

渡部は琉球戦の勢いそのままに、マカオで開催されたEASLファイナル4の2試合でも活躍して優勝に貢献。「今まで大きな大会で優勝したことはなかったので、自分の中では本当にうれしい優勝だった」と笑顔で振り返る。特に決勝戦でタイトルを決定づけた値千金のスティールは、キャリアに一つ箔をつけるシーンだったに違いない。

「自分のやってきたことが最後に結果として出てうれしかった。ただ、だからといって慢心するわけでもなく、続けて自分の課題に向き合っていかないといけないなという気持ちにもなった」

24歳のレフティーは悔しい時期を乗り越え、試合で結果を出したことで飛躍の一歩を踏み出した。苦しんでいたシュートタッチは、「大きく変わることはないけど、やっぱりメンタルの部分でかなり自信を持って打ち切れるようになった」と爽やかな表情で言い切った。4月5日の名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦では3ポイント5本を含む19得点でキャリアハイを更新。4月13日の滋賀レイクス戦でもスコアリーダーの15得点を挙げてチームを引っ張った。

「成功体験が自信につながっていったのが一番大きい。今はもう打ち切ることだけを考えている。朝さん(朝山正悟ヘッドコーチ)からも、『迷わないで、空いてるとこはしっかり打ち切って、それがチームのシュートだから』と言われているので、気持ちよく打てている」

渡部は今季開幕の昨年10月から今年2月のバイウィーク前まで37試合に出場し、1試合平均プレータイムは約12分。それが3月以降に出場した15試合は約20分に伸ばしている。シュート成功率も2ポイントが46.67パーセント(21/45)から58.0パーセント(18/31)に、3ポイントは26.23パーセント(16/61)から42.55パーセント(20/47)と格段に向上。今季これまで52試合で計214得点を挙げているが、その半数以上の108得点を3月以降の15試合で記録していて、数字にも確かな自信が表れている。

※スタッツは4月13日時点

「ディフェンスのところでまずチームのルールにちゃんとフィットしてきていると思うし、それプラスで自分のオフェンスでの価値が今出てきてるからプレータイムをもらえていると思う。ただ、ベースは変えず、練習量を落としたらまた戻ってしまうと思うので、そこは努力しながらやっていかないといけない」

今季のレギュラーシーズンは残り8試合となった。「自分としてはやるべきことをやり続けることが大事」と変わらぬ危機感を持つ渡部は、「今シーズンは集中が切れてしまってゲームが終わってしまうような締まり方が多いので、やっぱり来てくださっている方々に、僕らは元気を与えないといけないと思っているし、そういう姿勢はシーズン終盤だからこそ余計に大事だと思う」とブースターのためにもコート上で戦う姿勢を貫く。

危機感は常につきまとう。ただ、それに抗う反骨心が渡部にはある。自分の価値を証明する戦いに今後も挑み続けていく。だからこそ、広島の21番はまだまだ高く飛び上がれる。

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