チャーン・インターナショナル・サーキットで開催されたMotoGP開幕戦タイGPでは、ドゥカティのマルク・マルケスが圧倒的パフォーマンスを発揮。ここに来てマルク・マルケスの、”ベストバージョン”が誕生したと考えられている。
今季開幕戦タイGPでマルケスは、2014年以来となる開幕戦勝利を達成。当時MotoGPクラス2年目だったマルケスは、そこから10連勝という史上最多記録を打ち立てた。
レースウィークにスプリントレースが導入され、現在はこうした連勝を再現するのが難しくなっているとも言われる。しかし、タイGPでのマルケスの“強烈”なパフォーマンスを目にした後では、10連勝に匹敵する結果や、上回る結果すら不可能ではないと考えられ始めた。
MotoGPはここからアルゼンチン、アメリカズと続くが、この2箇所はマルケスが過去に好成績を収めてきたコースであるため、第4戦カタールGPには3連勝した状態で挑んでもおかしくはないだろう。
それだけ、開幕戦でマルケスが見せた強さは強烈だった。ポールポジションからスプリントレースを制し、決勝ではファステストラップを記録しながら勝利……なにより、その決勝での勝ち方が問題だった。
26周のレースで序盤をリードした後、マルケスはフロントタイヤの空気圧が低くなっていたことから、急減速。弟のアレックス・マルケス(グレシーニ)へ前を譲り、空気圧をコントロールしながらレースを走り、ラスト3周でトップに出ると一気に加速……わずか1周のうちに弟を千切って勝利したのだ。
この勝ち方によって、マルケスは最大のライバルであるチームメイトのフランチェスコ・バニャイヤには疑念を与え、そして同時にドゥカティのスタッフには畏敬の念を抱かせた。
「マルクはレース中ずっと僕らを翻弄していた」とバニャイヤは後に語った。
「彼は3周で、僕に2.3秒のギャップを与えたんだ」
マルケスのパフォーマンスの衝撃は、ドゥカティの内部でも広がっている。チームマネージャーのダビデ・タルドッツィは「我々でさえ衝撃を受けた」とsports-news.jp/Autosportに語った。
「我々は彼が抑えていると思っていたが、アレックスを追い抜いたと思えば、セクターふたつ分で0.6秒の差をつけたんだ」
「明らかにペッコ(バニャイヤ)は、マルクに接近できるだけのスピードが無かったことに、腹を立てている」
タルドッツィの仕事はドゥカティのメンバーの中でも、最も複雑かもしれない。彼はマルケスとバニャイヤという互いをライバル視するふたりの間で、共通の利益が優先されるようにできるだけ立ち回らないといけないのだ。
「私は常に真ん中のポジション……ふたりの間にいるわけだが、最も必要としている方、つまり大抵は後ろになっているほうに、少し近いかもしれない」
タルドッツィは、ライダーふたりとの関係について、そう語っていた。
そしてエンジニアからも、マルケスの走りが想定以上だったという声が聞こえてきている。マルケスのトラックエンジニアであるマルコ・リガモンティにとっても、今回の出来事は教訓となっている。

「アレックスへ前を譲ったのを見たときは、最初はマルクが何か問題を抱えているのだと思った」
「ブリーラム(タイ)ではあれほど周回を重ねたのに、タイヤ内圧が適切ではないなんてことは、あり得ないと思ったよ。彼はとてもスムーズかつ、無理をすることなく走っていたため、内圧が我々の計算通りに上がらなかったんだ」
「これからは、マルクがクリーンエアの中を走る可能性があるかどうか、より考慮に入れることになるだろう」
マルケスは2020年に大クラッシュから右腕を骨折すると、その影響に長く苦しめられた。4度の手術が必要となり、ホンダの苦戦傾向とも重なって、まさに地獄のような時期を過ごし、マルケスは“終わった”のではないかという疑問すら浮上していた。
しかし疑念を払拭し”復活”を遂げた今のマルケスは、以前よりも危険になっていると考えている。実際、彼に最も近しいある人物が、sports-news.jpにこう語った。
「このマルクは、別のマルクで、改良版だ。怪我をするまで彼は他のライバル達に大きなアドバンテージがあったとしても、頑張りすぎたりプッシュしすぎたりすることを気にしていなかった」
「そういった点から、ミスを犯してしまうこともあった。でも今、彼はそういったミスを犯したくないと思っているんだ」
2025年のマルク・マルケスは、“ベストバージョン”のマルケスなのかどうかは、序盤戦を通じて明らかになってくるだろうが、いずれにしても今季のタイトル争いは見逃せない物となってきそうだ。